元天才バレリーナ、UC Berkeley政治経済専攻の林香南さん。挫折を乗り越えて得た、努力する本当の意味。

       
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Taichi

Jul.28.2015 - 07:19 am

林香南さん経歴:

横浜生まれ、日本でクラッシックバレエダンサーとして約20年間活躍し、推薦で音大に入るがすぐに中退、ファッションビジネスの専門学校を卒業後、Georgia Institute of Technology (Georgia Tech)の語学学校、City College of San Franciscoのコミュニティーカレッッジを経て、University of California Berkeley (UC Berkeley)に3年時編入し、現在政治経済学を専攻する大学4年生。

 

光の当たる栄光のバレエキャリア

3歳の時、近所の子が通っていたからという理由で、横浜のスタジオでクラシックバレエを習い始めると、すぐに香南さんのバレエの才能が開花した。発表会ではいつも主役を務めた。小学6年生になると、プロを輩出する都内で最も有名な谷桃子バレエ団研究所に入る。

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写真:戦後の日本人バレエダンサーとして知らない人はいないという大御所、谷桃子さん(故)(右)率いるバレエ団体に所属していた香南さん(左)。

日本中からプロのダンサーが集まるこの団体でも香南さんの実力は本物だった。中学の時には、オーディションを通過し、子役として世界的なプロダンサーと共にステージに立っている。16歳で、プロへの登竜門である一番大きな舞台で主役に選ばれた。過去にこの舞台で主役になった人はほとんどがプロになっているという。

主役に選ばれた自分の名前を見た瞬間がバレエ人生で一番うれしい瞬間の一つだったという。もちろん努力なしでは主役にはなれない。中学高校時代、普通は週3のレッスンも、先生にお願いして、毎日練習していたという。当然平日は学校があるので、学校終わりの5時から発表前は深夜12時まで練習に熱中していたそうだ。

高校時代の体重39kg、体脂肪率9%!ありえない数字である。練習熱心な上に、本番は練習以上に実力を出せたという。練習の半分も本番で実力を発揮できないダンサーたちがいる中、香南さんは「あれだけ練習したんだからあとは楽しむだけでしょ」と心身ともに一流アスリートであった。輝かしいバレエの実績は彼女のバレエへの情熱と努力の結晶である。

そんな練習熱心で華々しい成績を残すバレエ界の超優等生の香南さんだったが、通っていた中高一貫の女子校ではその真逆のダメ学生だったという。まるでスポ根漫画のように、「学校は休む時間」と校長先生が教室に来ていても平気で寝ていた。

深夜まで練習していたので、学校でも有名な遅刻魔。学校の楽しい夏の行事もバレエを理由に平気で休んだ。そんなある日、全校生徒が集まる朝礼で、一人残され、校長先生に「学校をなめてるのか!」と怒られたエピソードも話してくれた。

あと一つ遅刻していたら高校を卒業できなかったと笑って話す香南さん。優等生の香南さんしか知らない当時のバレエの先生やこうしてインタビューしている自分には想像もできないヤンキーっぷりだ。バレエに熱中し、友達と遊ぶ時間、恋愛する時間もない。 周りの「普通の女の子」からは浮いた存在だった。しかし、そんなことは少しも気にならなかったという。自分にはバレエがあるから。年頃の女の子がそこまで思えたのは、本気でプロのバレエダンサーを目指した何よりの証拠である。

 

闇をさまよった挫折と苦悩の暗黒時代

プロのバレエダンサーとして将来が約束されたかのように思えた香南さんだが、一流のアスリートならではのコンプレックスを抱えていた。それは生まれつきの骨格による問題だ。それはバレエダンサーとして致命的なものだった。

簡単に言えば、生まれつきバレエには向いていない体だったという。それでも持ち前の練習量で、誰よりも技術力と表現力を磨き、そのハンデを補っていた。背の低い選手がプロスポーツ選手として活躍するのが難しいのと同じように、それは一流を目指したアスリートだけが経験する生まれ持った遺伝子を憎むしかない、どうにもならない壁である。

それでも骨格を直すための筋トレを毎日こなし、筋肉で骨格を変えようとした。香南さんの母親も一緒になって手伝った。手術してまで骨格を変えようかと思い悩んだこともあったそうだ。32回転という離れ業を練習中、靭帯損傷。 「20歳になっても骨格が治らなければバレエを辞めよう」誰に言われたのでもなく一人決意する。

18歳、音大のミュージカル科に推薦で入学。しかし、努力は実らず、生まれつきのバレエ向きではない骨格はとうとう治ることはなかった。これがきっかけで香南さんは約20年、人生すべてをかけたバレエを辞めることを決意。先生や周りにはもったいないと言われた。

プロクラッシックバレエには、主役、ソリスト、バックなどの役がある。 しかし、小学校からずっと主役が当たり前だった香南さんは、「主役じゃないと嫌だ」となだめる周りを一蹴した。彼女は、今考えるとクラシックバレエでなくても、その人並み外れたダンス技術と表現力で他のダンスのプロにもなれていたと話してくれた。

しかし当時の彼女の周りにはそれを強く勧める人もおらず、何よりも彼女は負けず嫌いだった。高い目標を掲げてきた彼女にとって、主役をあきらめるということはバレエをあきらめることだった。どうにもならない身体のコンプレックスと向き合うのが嫌になった。逃げ出したかった。やってきたことが初めて嫌になった。音大もすぐに中退した。

バレエをやめた後、最初はすごくスッキリしたそうだ。もうコンプレックスと向き合わなくてもいい!解放された!遊べる!バレエに明け暮れた青春時代を取り返すかのように、ひたすら友達と遊んだ。

私、「普通の女の子してる!」と思ったそうだ。しかしそんなテンションは数ヶ月しか続かなかった。天才バレエダンサーとしてプロをも約束されていた彼女にとってそんな生活に満足できるはずもなく、次第に「普通になっちゃった」と思うようになったという。何をしていいかわからず、あんなに大好きだったバレエも絶対に見に行かず、避け続けた。

しかし、バレエを忘れたいのに忘れられない。なんでやめたんたんだろう。でももどる勇気もない。そんな悶々とするニート時代を半年間過ごした。大学受験でもしてみるかと予備校に行くが、 中高時代の遅れを考えると、これは無理だと悟りすぐに辞めた。軽い気持ちでとりあえず専門学校に行き、ファションビジネスを2年間学んだ。

卒業したが、まだ何になりたいのかわからなかった。日本バレエという世界、専門学校という世界、すごく狭い世界から抜け出したかった。新しいことを発見したい、そんな理由でアメリカに1年間だけ英語を勉強しにいって帰ってこようと考えた。

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写真:バレエの舞台で主役を務める香南さん。

 

What’s up?で上を向いた、ゼロからの挑戦

What’s up? は、「調子どうよ?」的な意味で、アメリカでは毎日かわす基本的な挨拶。最もよく聞く英語の一つと言っていい。普通は、「最近こんなことがあった」、「いつも通りだよ」と答えるのだが、英語の知識がほぼゼロでアメリカに渡った香南さんは、upを聞き取って、「上を向いた」という。ネタとしては笑えるが、これから英語を学ぼうとしている人にとっては笑えない。

Georgia Techでの語学学校はクラスがレベルで分けられているのだが、香南さんはABCを習うクラスの次、下から二番目のクラスからスタート。ゼロからの英語挑戦が始まった。

そんな逆境でも負けず嫌いは健在で、ひたすら勉強した。英語上達のため、日本人で遊んでいる人には関わらないようにしていた。次第に英語力はついていったが、慣れない環境での挑戦は辛かった。しかもバレエの呪縛はついてまわり、常にバレエをあきらめた後悔の念が頭にあったという。

生まれもったものが違ったらプロになれたのだから無理もない。そんな時、当時付き合っていた彼に、アトランタバレエでオープンレッスンがあるから行ってみれば?と勧められた。バレエへの拒否反応で行きたくなかったが、数年ぶりにバレエをやってみることに。これが大きなターニングポイントになる。

楽しかったのだ。趣味としてでもできると気づけた。すごく幸せに感じたという。ようやくバレエの呪縛から解き放たれ、目的意識の高い日本人の留学仲間もでき、一年で帰るつもりが、引き止められ、周りの後押しで大学を目指そうと決意する。

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写真:ジョージア州アトランタで出会った留学仲間。

 

夢を失ったからこそ得られた新しい夢

City College of San Francisco で、4年制大学へ編入するという新たな目標のために3年頑張った。一度目標を決めると、人より頑張れてしまうその性格は、孤独との戦いでもあった。中学高校でサボった分、追いつくのに必死だった。

編入するには成績Aを取り続けないといけない。友達を作る時間もとらず、ストレスで脱毛症になったり、じんましんがでたりしたが、カフェで一人黙々と勉強していたという。

頑張れた一番の理由は、バレエ時代のコンプレックスである。誰より頑張っても生まれ持った骨格は変えられず夢は叶わなかった。でも勉強なら、誰よりも頑張れば、頑張った分だけ評価される。今の目標は頑張れば叶うとわかるからこそ、あきらめたくないという思いが背中を押した。例えばミクロ経済という授業の最初の中間テストでDをとった。

Aを取らないと好きな大学には編入できないので、先生に相談し、オプショナルの本を買って、朝の授業前まで毎日ひたすら練習問題を解き、最終的にそのクラスで一番をとったのだ。「生まれ持ったものなんて関係ない、いけるじゃん」そうやって頑張ったそうだ。その努力は実り、4年前にはWhat’s upで上を向いていた人間が、UC Berkeleyに3年生編入。成績はもちろん、語学学校の手伝い、ボランティア団体やクラブでの役職の課外活動の実績も加わって、世界トップ大学の一つに入学を果たした。

大学では国際学に関連する政治経済を勉強したいと思った。その理由は、留学を経て、狭い世界から抜け出し、いろいろな国の人に出会い、 英語でいろいろな人と出会えたからだという。

日本語が母国語なので外国語を取る必要はなかったが中国語も勉強し言語のおもしろさもわかってきたという。夢を失ったからこそ、新たな自分、新たな夢に出会えたのだ。

しかし現実はそう簡単にはいかない。UC Berkeleyでは政治経済の専攻に入るためには、一定の成績をとる必要があるのだ。編入を勝ち取ったコミュニティーカレッジ時代よりも勉強しているのにもかかわらず、点数が悪く成績が伸びない。最初の学期はうつになりかけたという。やめていく人や、好きな専攻に入れない人もおり、その不安と力のなさに泣いた。

しかし、そこは元天才バレエダンサー。スポーツと違って、勉強なんてあきらめずに頑張れば夢は叶う。そうしてトップの学生が集まる大学で、彼女は今自分の好きな勉強をしている。

世界史の授業が一番楽しかったという。人類の文明のはじまりから現代の社会の成り立ちまで勉強する。コミュニティーカレッジでは授業をそのまま暗記する勉強法だったが、UC Berkeleyでは習ったことを応用することが求められる。

例えばアフリカの一部の部族では、女性が浮気をしないように性器の一部を切るらしい。しかし西洋文化が伝わるとそれはおかしいのではないかという若者が増える。グローバル化により、一つのコミュニティーで異なるアイディアが生まれ、分裂する。

グローバル化により世界は統合されるのか、それとも分裂するのか。そんなことがテストに出るらしい。それを過去の奴隷制度、現代の人種差別、 宗教など、アメリカというコミュニティーの論争などと関連させて答えるらしい。自分の学んでいる科学と違って、答えがなくて難しそうだ。でも彼女はそれが面白いのだという。

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写真:UC Berkeley キャンパスに通う香南さん。

 

グローバルに活躍する人間になりたい

現在4年生である香南さんは、勉強と両立してインターンもしている。アメリカのスタートアップの会社での、3Dプリンターを日本へ進出させるためのマーケティング業務だ。このHatch Studioの新メンバーとしても活動している。

政治経済を学んだからといって直接応用できる職種があるわけでもないので、まだ将来何がやりたいのかわからないという。 日本から留学してきた学部生は新卒採用で日本の大企業に入るのが王道という印象を受ける。しかし、香南さんは、せっかく世界を知ったのに今すぐ日本に帰るのはもったいない気がすると話してくれた。王道に流されたくない。グローバルに活躍する人間を目指したい。

香南さんに留学を目指す学生に何かアドバイスはあるかと尋ねると、「最初から無理だと思わないで」と話してくれた。スポーツは努力してもかなわない部分もある。でもUC Berkeleyにきて、最初は頭のいい人しかいないのかと思ったけど、実は自分のようにいろんな背景の人がいることを知った。大事なのは忍耐力と努力。

「自分を信じてやれるとこまで頑張るしかない」と力強く話してくれた。

 

編集後記

「人生は舞台だ」と尊敬する人から言われたことがある。名脇役という言葉があるように、バレエもどんな舞台だって主役以外も大事なのは確かだ。しかし、香南さんが話していた「主役じゃなきゃ嫌だ」というのは、「主役じゃなきゃ人生おもしろくない」とも解釈できる。

どうせ自分は主役になれないと思っていてはもったいない。どんな環境で育とうが、どんな挫折をしようが、どんなに険しい道が待っていようが、「主役なのだからどんな困難にも打ち勝てる」「主役なのだからきっとうまくいく」という精神こそ大事なのだと改めて思わされた。

楽観的になれというのではなく、あきらめずに本気で何かをやってみる精神こそ、努力をするということの本当の意味なのかもしれない。山あり谷あり、人生の舞台全部を楽しもう。自分の人生の主役は自分なのだから。

       

Taichi

UC Berkeley、生物学のPhD programに通う大学院生です。ネズミと腸内細菌をつかって「共生」をテーマに研究をしています。日本の外にはいろんな人や常識が存在するということを発信していければと思います。