早稲田大学に交換留学していたUC Berkeleyのニック・オーンスティンさんにインタビュー。 違う視点から日本を見る

       
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Taku

Nov.10.2015 - 09:35 pm

ニック・オーンスティンさんは昨年、Global Leadership Programという留学プログラムに参加して早稲田大学に1年間留学をしたそうだ。日本人がアメリカへ留学する話はよく耳にするが、アメリカ人が日本へ留学した日本語の記事はあまりないので、今回話を伺うことにした。

*写真:早稲田大学での餅つき大会で力士とポーズ。

 

略歴

2009年 コミュニティーカレッジ(College of Marin)に入学

2013年 UC バークレーに編入 専攻:政治経済(Political Economy)

2014年 Waseda Global Leadership Programで早稲田大学に1年間留学

2015年 UC バークレー卒業予定

 

Global Leadership Programを通して 〜アジアの諸問題〜

Global Leadership Programとはアジア諸国と西洋諸国、両方の歴史・文化・社会の知識を取り入れ、これからの社会に必要な優れた判断、意思決定をリードしていく人を育成する交換留学プログラムだそうだ。バークレーの他にもコロンビア大学、ワシントン大学、ジョンホップキンズ大学など名高いアメリカの大学が参加していてとても充実している。(詳しくはhttp://www2.cie-waseda.jp/glp/gate/

プログラムの中でニックさんは主に環境問題を重点的に様々なコースを取った。環境問題を視野に入れた都市計画についての文献を読んだり、セミナーを通して理解を深め、東京やロサンゼルスなどの大都市を例として、実社会においての都市計画がどれほどのものかを学んだ。

例えば、アメリカに戻ってきたニックさんが今一番恋しいものといえば日本の電車だそうだ。東京のように電車やその他の公共交通機関が発達している都市では、電車が主な交通手段であるのに対し、ロサンゼルスでは車が主な交通手段であり、その結果ロサンゼルスの空気はとても汚い。しかし問題はそう表面的ではなく、電車を動かす電力を作るのに環境が汚されていることや、公共交通機関が発達した都市では歩くことも多く、人が歩くスペースの整備には様々な配慮が必要なことなど、必ずしもどちらが良いとは言えないにしろ、都市計画が環境問題など色々なことに影響を与えているのはもっともなことである。

また、水不足問題などのアジア諸国の諸問題を取り上げたりして、中国政府と中国国内の環境問題への姿勢を学びに北京への団体フィールドワークにも参加した。北京の政府関係の人から中国政府がどのように環境問題に真剣に取り組んでいるかを聞き、北京のリサイクルセンターらしき場所を視察した。確かに大掛かりな施設だったそうだが、ツアー中に何度も「ここは写真を撮らないで」と、きつくアメリカ人学生相手に注意するガイドや、大きな施設に数人しか見かけない作業員の雰囲気から、ニックさんの印象では、まだまだ中国は実践面では環境問題への認識が成っていないと感じたそうだ。中国は今現在進行形で経済の発達している国なので、もうすでに先進国であるアメリカや日本と比べると、環境問題への認識が薄くなってしまうのかもしれないというのがニックさんの考察である。中国での体験は、このコースを通して最も印象的だったそうだ。

他にも、日本の政治や歴史に関するコースも取ったそうだ。主権(Sovereignty)とは何かという趣旨で様々なセオリーなどに触れ、中でもStephen Krasner (Wikipedia) 教授の挙げる4つの主権の在り方を学び、それらを踏まえて日本国というものは明治から始まったものなのか、徳川幕府とは主権だったのかなどを論考した。元首相の野田佳彦氏がゲストスピーカーとして呼ばれる機会もあり、学生との質疑応答の時間もあったそうだ。そこでは、主に増税についての話や、国のリーダーとは何かについての話で盛り上がったそうだ。

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*カップヌードルミュージアムにて。安藤百福がカップヌードルを発明したと言われる小屋のレプリカ 。

 

一人旅 「ああ〜日本のどこかに〜」

日本での貴重な体験は留学プログラムだけにとどまらない。プログラムが始まる前の夏の休暇を利用して、電車を乗り継ぎ安宿やホステルを転々としながら一人旅をしたそうだ。

長野の松本、金沢、京都、奈良、大阪、広島、高松、福岡など、西日本の観光名所も抑えながら、たっぷりと時間をかけてその土地その土地に暮らす人々の話を聞き、優しさに触れ、時には理不尽な事にも忍耐強く堪えながら、その旅の刹那刹那で新しい事に対面し、いわゆるカルチャーショックやランゲージバリアを様々な感情の中で体験した。ホステルの他の滞在者は若者から年配の方まで様々な理由でそこに泊まり、旅の憩いに互いの境遇を語り合う。自分の他にも外国からきている人がたくさんいた。

日本人に自分がアメリカから来て日本で留学中なのだと話し始めると、言われることが必ず二つあるという。「日本語がうまいですね」と「お箸を使うのがうまいですね」だそうだ。実際のところ、ニックさん本人が日本語が話せるかというと、本当にいつくかのフレーズと語句がわかるだけであとはほとんどわからないそうだ。(お箸の方はやや自信がある。笑)

また旅を通して思い出に残ったことは、一つはコミュニケーションの喜びだ。旅の途中で会った女性の一人でフィリピンで英語を習ったのだと言った人がいたそうだ。なぜ英語はこんなにも色々なところに浸透しているのかという彼女の疑問に対して、ニックさんが「昔イギリスが植民地支配を広げたからだよ」と答えようとした時に、「植民地」という日本語を知らなくて説明に困ったことがあったらしい。(もちろん、あちらもColonyという言葉を知らない。)そこでニックさんが「国と国があって、一つの国がもう一つの国を支配する、、、」と説明すると、相手が「植民地か!」と分かり、ニックさんの言っていることを理解した。こんな風にどんなことでも丁寧に順を追って話せば伝わるのだと自信がついたそうだ。言語のわからない国でこそ、「伝わる」という喜び、そして言語のありがたみがわかる。

そしてもう一つは日本人のおもてなしの心だ。京都でたまたま「五山送り火」の時期に鉢合わせて、その時知り合った現地の人にどこから見物すると一番良いかを教えてもらったり、奈良では宿泊先の老夫婦に「ここに行くと良い」と言われた場所が本当に良い場所で、その人たちへの感謝の思いが溢れた瞬間が何度もあったそうだ。また、これはこの旅の中ではないのだが、上記のプログラムの教授の一人が、自分の家族の近所の餅つき大会に学生を招待してくれたことがあって、その時にも近所付き合いの良さを感じたそうだ。現地のコミュニティーにいる人ならではの感覚、知恵などをあちらから喜んで共有させてくれて、そして訪れる人がいい経験をするように手厚く心遣いをしてくれるというのは、期待以上だったそうだ。

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*専修大学サマーフェスティバルで自家製かき氷を堪能。

 

日本人の特性?

プログラムを通じてたくさんの友達ができた。自分と同じように外国から日本へ来たインターナショナルな学生たち、そして早稲田大学に正規に通う日本の学生たち。ただ、いくら言語の壁を乗り越え文化の違いを認め合えても、自然にインターナショナルな学生たちとそうでない学生たちはグループに分かれてしまう。団体で日光旅行へ行った時にも、どうしても生じてしまう価値観の差は歴然とあったそうだ。日本の学生らは海外の学生になるべく日光を楽しんでもらおうとスケジュールを細かく事前に決め、ニックさんがたとえ一つの場所をもう少しじっくり見たいと思っても、時間通り動くことに徹していたという。ニックさんとしては確かになるべく多くの場所を回れて結果としては良かったのだが、旅の楽しみ方としては自分が思っていたのとは少し違う風に感じたそうだ。

反対にインターナショナルの学生だけで台湾に行った時は、ほとんどの欧米からの学生らは「ここへ行きたい」と思ったら他の人の都合なんてものは聞かずにどんどん一人行動に躍りでるのが普通だったそうだ。しかし、その結果台湾では少しバラバラになり過ぎて災難な目にもあったそうだが。

日本人がすごく空気を読んだりすることとそうではないアメリカ人を、ニックさんはこう表現している。

「日本人は状況を読むのに状況に頼り、アメリカ人は状況を読むのに人に頼る」

Japanese situation depends on situation; American situation depends on people.

日本人は常に状況に合わせて自分の振る舞いを手際よく合わせるのに対して、アメリカ人はそこまで状況に応じて態度を変えない。日本の教授たちがクラスの中での喋り方とそうでない時の喋り方が全然違っていることに気づいて、そう思ったそうだ。アメリカだったら、同じ相手に対してそこまで違う接し方をするのは逆に信頼感の欠如とみなされることが多いが、日本ではそれなりの大人までが使う社会的技法なのだ。

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*渋谷にて初めてハチ公と遭遇。

 

日本という国の少し先を見据えて

一年間の日本での経験を踏まえて、日本がどのような国なのか、彼なりにアツく意見を述べてもらった。今様々な問題があってそれらの問題がますます国の死活問題として国民へ危機感を与える中で、日本はこれからガラリと変わるのではないか、というのがニックさんの大まかな見方だ。

ニックさんが指摘する日本の問題は、国債累増、経済成長の行き詰まり、そして労働や少子高齢化などの社会問題などだ。

例えば、今までの日本は世界的にも勢いの強い製造系大企業を政府がフルサポートしてきた。その勢いの分、農業や中小企業は国外からの圧力から手厚く守られてきた。しかし、近年の製造系大企業の経営縮小や増加した国外からの圧力もあり、政府も日本の市場を守っていくわけにはいかなくなった。最近TPP(Wikipedia) が結ばれたのも、日本の市場が非孤立化し世界の他の市場との関わり合いがさらに増えるという兆候だ。日本経済の在り方がこれから変化するであろうということは目に見えている。

しかしニックさんは、本当の問題は日本がただ近未来変わるということではなく、それよりもその変化に対しての政府や国民の意識や理解にもあるのではないか、という見方もしている。つまり僕のような日本人がどのような態度でこれらの変化に対応しているかということだ。

例えば、今日本で議論されている話題として、原子力発電や集団的自衛権がある。これらの問題を解決していく上で自分の批判的な意見を持つことは大切だが、いざ解決するには批判的な意見だけではなく、未来へ向けての持久的な解決策を提示しなければならない。原発がダメ、集団的自衛権がダメ、安保関連法案がダメ。では一体何がエネルギー消費大国の日本の需給を安定させるのか、一体何が日本を危険から守るのか、そしてどのように世界に平和をもたらすのか。これらの問いに自分なりの考えで答え、解決策を提示できる日本人は少ないのではとニックさんは指摘している。

なぜ解決策を考える人が日本には少ないのか。なぜ変化が訪れていることは誰もがわかっているはずなのに、その変化がどんなものなのか考えようとする人が少ないのか。そんな疑問を抱えながらも、ニックさんは着々と自分がなりたい外交官になるために様々な経験を重ね、多文化な視野を培っている。しかしその道は自分が思っていた以上に自分自身のアイデンティティーに対して冷たい向かい風を吹かせるものなのかもしれない。日本で公開時期がずれていることを面白がってわざわざ映画館まで見に行った”Avengers: Age of Ultron”。その中での象徴的なヒーロー達が醸し出す雰囲気の場違いで違和感さえ感じさせる「アメリカさ」を眺めながら、ふと自分にはこういった凶暴かつ合理的な「アメリカさ」特有の見方があるのかもしれないとニックさんは思ったそうだ。日本人が作り上げた日本という国の軌跡に、アメリカ人の僕にはそう簡単に触れることのできない「本質的な何か」があるのではと、かすかな疑いを前に、唖然としてしまったとニックさんは言っていた。

       

Taku

UC Berkeleyで数学と哲学を専攻しています。大学生活はなるべく勉強から離れて音楽に夢中になったり小説を読み耽ったりしようかと甘いことを考えている2年生です。どうぞよろしくお願いします。ご感想・お問い合わせ大歓迎です:takut12[at]gmail.com