UCバークレーの研究が生んだ遺伝子操作技術(CRISPR/Cas9)から考える科学と倫理

       
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Taichi

Mar.17.2016 - 08:55 pm

“青い目の子供が欲しい。”

“運動能力の高い子供が欲しい。”

“知能の高い子供が欲しい。”

遺伝子を操作して、カスタムベービーを作ることも可能な科学技術、CRISPR/Cas9( クリスパー・キャスナイン )をJennifer Doudnaを中心とするUC Berkeleyの研究チームが発表し、バークレーキャンパスに新たなノーベル賞受賞者が生まれる可能性は高い。この特許権をめぐるDoudnaとCharpentier チームvs Broad Institute の法的バトルはここでは触れない)

カスタムベービーを可能にする新技術をヒトに許可してしまったら、お金持ちほど子供に好きな遺伝子をカスタムできる未来になってしまうかも。反対に、従来治すことができなかった遺伝病を治療できる新技術なのだから、ヒトへの使用を限定して許可するべきだという意見も根強い。

遺伝子を操作して、「カスタムベービーはダメ!」「でも、病気を治すのはOK!」じゃ、害獣・害虫を駆除したり、可愛いペットを作ったり、効率的で美味しい野菜やお肉を作るのはどうなのよ?

この記事では、科学と倫理について考えてみたい。

 

1. CRISPR/CAS9システムの何がそんなにすごいの?

クリスパーシステムがすごいのは、従来の方法に比べかなり効率的にあらゆる生き物の遺伝子を消去したり、入れ替えたり、付け加えたりする、遺伝子編集技術を確立したことだ。

では、どのように遺伝子を編集するのか?

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ウィルスは動植物だけじゃなく、バクテリアにも感染するため、バクテリアもウィルス感染から身を守るメカニズムをもっている。そのバクテリアの免疫機能を応用して遺伝子を編集するのである。

バクテリアは、侵入してきたウィルスの遺伝子を「認識」し、「切断」する。この「認識」する機能を人工的に操作することで、ヒトの細胞を含むあらゆる生き物のゲノム( すべての遺伝情報 )の好きな場所を「認識」し、「切断」できることが発見された。

細胞内で遺伝子が切断されると、自然と修復されるのだが、細胞も完璧じゃない( ガンの要因の一つ )。切られた遺伝子の修復過程の間違いにより、遺伝子が消去されたりする。

この技術では挿入したい遺伝子を人工的に作り、細胞内に送り込んだ遺伝子に基づいて修復させ、遺伝子を入れ替えたり、付け加えたりするのだ。

すごいのは、この技術を生きた体細胞( 臓器移植などに使える )、受精卵( 生まれてくる赤ちゃんの遺伝子をカスタムできちゃう )に使えるという点。しかも同時に多くの遺伝子を一度に編集できること、従来の遺伝子編集技術より時間もお金もかからず効率が良いことが、ノーベル賞の価値を生んでいるのだろう。

ざっくりとした説明にとどめ、詳しく知りたい方は他のウェブサイトを見てもらい、この記事では科学技術と倫理について考えてみたい。

 

2. マラリアを媒介する蚊を絶滅させて何がいけないの?

ただでさえ経済格差により、基本的な診断や治療を受けられないヒトが世界にはたくさんいるのに、子供の容姿、能力、頭脳に関わる遺伝子を「お金さえあれば好きにカスタムしていいですよ」、とはならないはずだ。

逆に、治療不可能だった遺伝病を治せるとなれば医療技術として使用される可能性は高い。臓器移植を待ち続け死んでいくヒトに、「拒絶反応が起こらないように遺伝子を編集した豚の臓器を移植できる技術があるけど、死んでください」、とは言えないはずだ。

極端な例はいいのだが、その中間のグレーゾーンはどうするのか?

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(画像出典:https://pixabay.com)

例えば、マラリア。主に熱帯で蚊によって媒介され、毎年少なくとも数十万人が命を落とす感染症。蚊の遺伝子を編集して、蚊の赤ちゃんの性比をオスに偏らせることで、蚊を減らし、マラリアを防ぐ、という研究が実際に行われている。

もしマラリアを媒介するのがパンダやクジラなら、かわいそうという人や愛護団体がいてもおかしくないが、蚊の命とヒトの命を天秤にかけた時、蚊よりヒトの命を守るのは当然だと思う人が多くても不思議ではない。

自分を含む、生物学者の多くは遺伝子編集された蚊を野外にばらまくことに危険性を感じている。少なくとも蚊の幼虫であるボウフラは水をキレイにし、いろいろな病原体を媒介することで野生動物の数を制御し、生態系のバランスを保つのに役立っている。もし蚊が絶滅したり、編集した遺伝子が近縁の昆虫に広がった時の責任は誰がとるのか?

外来種規制が緩い時代、人間はヒトに害のある毒蛇であるハブを退治するためにマングースを沖縄に放してみたが、毒を持つハブではなく、沖縄固有の希少な小動物がマングースに食べられて困った、みたいな話にならないといいのだが。

科学と倫理。マラリアで苦しんでいるアフリカの子供の前で、同じことが言えるのか?科学的に正しいことが、倫理的に正しいのか?

新技術が生まれ、そのスピードに議論や法整備が間に合っていない現状を理解することが第一歩だろう。

 

3. 遺伝子組み換えと育種の違いって何?

遺伝子を人工的に編集することは何も新しいことではない。例えば、遺伝子組み換え作物。遺伝子を編集することで、病気に耐性を持たせたり、収穫量を増やしたり、味を美味しくしたりできる。

遺伝子組み換え食品への大きな誤解は、「自然界に存在しない組み合わせの遺伝子を含む食品を食べると健康に害がある」という情報だ。確かにその可能性はゼロではないのだが、毎日食べている野菜や肉と何も変わらない可能性が高いということをあまり耳にしない。

普段食べている家畜、野菜や果物のほとんどもまた、ヒトの好みに合わせて交配( 育種 )されている。育種によって自然界では存在しない遺伝子を組み合わせることは、遺伝子編集とほとんど変わらない。

例えば高級食材とされる霜降りの牛肉。筋肉にあれだけ脂肪があれば自然界では病気のウシである。野生のブタより家畜のブタの胴体が異常に長いのは、より可食部を増やすため、胴体の長いブタをヒトが長い年月をかけ交配させ続けた結果である。

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(画像出典:https://pixabay.com)

ペットも育種の例である。ヒトは農業の発達前から犬を育種してきた。オオカミの祖先とは似ても似つかないペット業界の犬たち。綺麗な毛色、幼い顔、長い耳、しわしわの皮膚、飛び出した目、、、自然界には存在しない遺伝子の組み合わせをヒトが興味本位に楽しんでいる代表例である。

クリスパー技術を使って、遺伝子編集してポケモンみたいなペットたちを作ってもいいのか?それはだめだけど、育種するのはいいのか?そんなに違いがあることなのか?

遺伝子組み換え育種とは、自然界に存在しない遺伝子の組み合わせを作成するという意味ではほとんど変わらないのである。

 

4. 遺伝子組み換え食品の何がいけないの?

たとえ遺伝子組み換え食品が健康に害がないからといって、どんどん遺伝子を編集しろと言っているわけでは全くない。むしろその逆で、新技術により育種がより簡単になってしまったら、社会に大きな悪影響がでる可能性がある。

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(画像出典:http://www.freeimages.com/)

例えば、本当に美味しいイチゴはスーパーには並んでいないらしい。その理由の一つは、イチゴは輸送時に痛むと売れないので、硬くて美味しいイチゴしか出回らないためだ。だからこそ、やわらかくて美味しいイチゴをローカルに供給する小規模農家に価値が生まれる。小規模農家が大規模農家と共存できる一つの要因だ。

もし、輸送時に痛まず、小規模農家クオリティーの、最高に美味しいイチゴを遺伝子編集できたらどうなるのか?大規模農家が小規模農家と同じクオリティーのイチゴを大量生産することで、より低いコストで供給できてしまい、小規模農家が消えていくかもしれない。

また世界中に飛行機で輸送するようになると石油資源の増加も考えられ、地産地消とは真逆で、環境負荷をかけることも懸念される。

進化学的にも問題がある。バリエーションがないと自然選択( 環境変化により特定の個体が選択的に生き残ること )が起こらないので、環境変動が起きた時に弱い。例えば、日本のお米の品種が全部コシヒカリだと、コシヒカリ限定の病気が広がれば、お米が全滅してしまう。遺伝子編集で作物のバリエーションが世界的に減少すれば、問題はグローバル化する。

遺伝子組み換え食品は、健康的な懸念よりも、政治的、社会的、環境的な悪影響を及ぼす可能性を秘めている。

 

最後に

科学技術の進歩は素晴らしい。しかし、グローバル化により驚くほど早いペースで、倫理的な議論や法整備なしに科学技術だけが一人歩きすることがある。

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(画像出典:https://www.flickr.com/photos/arselectronica/) 

遺伝子編集( CRISPR/Cas9 )の研究がノーベル賞を取った時、この記事が倫理的な議論のきっかけになれば光栄である。

 

(top画像出典:https://www.flickr.com/photos/glasgows/)

       

Taichi

UC Berkeley、生物学のPhD programに通う大学院生です。ネズミと腸内細菌をつかって「共生」をテーマに研究をしています。日本の外にはいろんな人や常識が存在するということを発信していければと思います。